宮島弥山登山とパワースポット巡りでもう一つの宮島が見えてくる

弥山という山名の由来は、形が仏教の世界でいう須弥山という山に似ていたことから、弘法大師によって弥山と名付けられた歴史と伝説が息づく弘法大師ゆかりの霊峰です。

ちなみに、弘法大師とは空海(774年~835年)のことで、平安初期の僧。
中国で伝承を受けた奥義や経典・曼荼羅などを体系立てた形で日本に伝来させた人物でいろんなところでその名前が出てきますよね?。

また、日本の初代総理大臣である伊藤博文が弥山頂上からの眺めを「日本三景の一の真価は弥山頂上の眺めにあり」と感嘆したように、山頂からは瀬戸内海の多島美が見渡せ、まさに一見の価値があります。

ロープウェイで山の中腹あたりまで運んでくれるので、ぜひ山頂からの景色を眺めてみてください。

ちなみに、伊藤博文は度々宮島を訪れており、大聖院から弥山に至るまでの登山道整備などに貢献しています(大聖院仁王門手前に伊藤博文の名を刻む改修碑があります)。

さらには、あの全国的にも有名となった「もみじまんじゅう」も彼が発した言葉に由来するともいわれているぐらい宮島には縁のある人物です。

その発した言葉とは、伊藤博文が紅葉を観に紅葉谷にやってきたときに、茶店でお茶を出した若い娘の手を見て「紅葉のようなかわいい手、焼いて食べたら美味しかろう」と言ったことからといわれています。

そんな古い歴史や伝説が息づく弥山の山頂付近には、奇岩怪石や霊気に包まれた数多くの史跡やパワースポットがあります。

弥山山頂へ行く際には、山頂だけに行くのではなく、このような史跡やパワースポットも併せて訪れ、宮島の歴史や伝説の息づかいを感じていただきたいと思います。

ただし、パワースポットには、人それぞれに相性があります。

人が生まれ持った「自分の属性」と相性の悪いパワースポットへ行ってしまうと、波長が合わず良くない影響をもたらし、反対に相性が良いと体と同調して強いパワーをもらうことができるといわれています。

強いエネルギーを宿している領域に足を踏み入れることですので、知識として調べておくことをおすすめします。

宮島で街歩きしながら謎解きするゲーム
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弥山七不思議

弥山山中には弘法大師にまつわる伝説が伝えられ、珍しい現象とともに弥山の七不思議とされているものがありますのでご紹介します。

不消の火(きえずのひ)

弥山本堂の目の前にある不消霊火堂。この堂内には大きな釜がつるされ、弘法大師修行当時に焚かれた護摩の火が、およそ1200年間途絶えることなく燃え続けている全国唯一の霊火「消えずの火」があります。

皆さんもご存知の広島市の平和公園にある「平和のともしび」の火もここから採火され、合火されています。

堂内に吊り下げられている大茶釜の中にある霊水は万病に効き目があるといわれているので、ぜひ飲んでみてください。

ちなみに、ここの霊火は日本三大不滅の霊火の一つとされており、残りの2つは京都の比叡山根本中堂と山形の山寺立石寺にあります。

宮島不消霊火堂

錫杖の梅(しゃくじょうのうめ)

弥山本堂の西のすぐ脇にある八重咲の紅梅

昔、弘法大師が弥山に登られた際に、立てかけられた錫杖から根が出て梅の木になったと伝えられている梅の木です。説明案内板があるのですぐにわかると思います。

弥山に不吉なことがあれば、花は咲かないといわれている花木です。

曼荼羅岩(まんだらいわ)

弥山本堂の裏にある求聞持堂南側に弘法大師が梵字と真字で刻まれた大きな岩石があり、「三世諸仏 天照大神宮 正八幡三所三千七百余神云々」(さんぜしょぶつ あまてらすおおみかみ しょうはちまんさんぜんななひゃくよじん)と彫り込まれています。

現在は立ち入り禁止となっていて、その姿を見ることはできません。

三世諸仏とは、過去・現在・未来の3世にわたって存在する一切の仏のこと。

あとの言葉は神道のことが書かれているのだとは思いますが、意味は調べてもよくわかりませんでした。

時雨桜(しぐれざくら)

三鬼堂前の階段横にかつて桜の木があり、この木の花びらや葉に露が降りると晴れた日でも地面は濡れていたというものです。しかし、現在では枯れて切り株もないのでその姿を見ることはできません。

龍燈の杉(りゅうとうのすぎ)

旧正月元日の夜から六日までの間、宮島周辺の海面に不思議な光が現れるので、島民はこれを龍灯と呼んでいました。泊りがけで見物に訪れる者もいたといいいます。

この龍灯が最もよく見えた場所が、弥山山頂に生える数百年の大杉であったために、この杉を誰となく龍灯杉と呼んでいたそうです。しかし、これもまた枯れてしまい、現在ではその杉は跡形もないそうです。

この杉より光のほうが不思議な現象であると思いますが、なぜか「杉」を七不思議にしているのもこれまた不思議?。

干満岩(かんまんいわ)

潮の干満によって水面が上下する岩穴の水で、その水は塩分を含んでいるといわれています。穴の直径は約5cmで、奥行きは27cmもあるそうです。

確かに岩の表面には水が垂れた跡があり、いつ覗いても水が張っているので不思議といえば不思議です。

しょっぱいかどうか自分が舐めてみればいいのですが、いつも他の人に勧めてしまいます。

結局、誰ひとり舐めた人はいませんが(笑)。

この謎を科学の力で解明することは可能なのでしょうが、このようなものは解明しないほうがいいと思っています。

ちなみに、昔、この側に目洗薬師地蔵があり、眼の不自由な者が干満岩の潮水で眼を洗い、お地蔵さんに祈ればご利益があるといわれていたそうですが、今は衛生上その習慣はないとのこと。残念。

宮島干満岩

弥山松明と拍子木の音(みせんたいまつとひょうしぎのおと)

時々、松明のような正体不明の火が弥山で見られ、火の色は普通の松明より赤く、松から松に飛び、その光が目に入ると植物の枝や葉も細く見えたといわれているものです。

また、人のいない深夜に、時折拍子木の音が聞こえるという不気味な伝説が残され、人々は天狗の仕業であろうと伝えられています。

この2つに関連があるのかどうかよく分かりませんが、七不思議にするために一つにまとめたのかな?。

瓶華柏(へいけかしわ)

七不思議ですが、なぜか八つめがあります。きっとどれかは含まれていないのかもしれません。公式には。

弘法大師は、仏前の花瓶に柏の枝を供え修行していました。その枝を土に差したところ、いつの間にか根付き、葉が芽生え大きな樹木となったとのいわれがある木です。

その後、この弥山で求聞持の秘法を修得する行者は、この柏の枝を花瓶にさし生きるか枯れるかで満行となるかならぬかの兆候としたそうです。

厳島図会には、錫杖の梅付近にあると記載されていますが、現在は存在していないそうです。

以上の七つ、いや八つ、いやいや九つ?が宮島弥山七不思議といわれているものです。

個人的に不思議だと思う干満岩には、ぜひ訪れてみてください。

そして、少しだけペロっと舐めてみてください(笑)。ご報告待ってま~す。

弥山本堂

本尊は知恵と福徳を司る虚空蔵菩薩で、脇に不動明王と毘沙門天が祀られています。

弥山本堂の裏手には求聞持堂(ぐもんじどう)があり、弘法大師が中国唐の国から帰る途中に護摩を焚いて求聞持の修法を行った道場です。

求聞持修法とは、虚空蔵菩薩に100日間百万遍の真言を唱えて、強固な記憶力を得るための真言行者の秘密練行法のこと。

午前2時起床、水行、水汲み、明星礼拝作法、朝勤行、朝食、作務、瞑想、夕食の順で一日の大半を座っている修業が、100日間繰り返され、食事は断穀断塩。一日二食のそば粉と野菜少々で味付けは一切ないそうです。
強い精神力が必要になりそう...。

ちなみに、阿波の大龍嶽、土佐の室戸崎と共に真言密教の日本三大道場の一つとされています。

宮島弥山本堂
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三鬼堂

不消霊火堂の右にある石階段の上にあるお堂で、三鬼大権現ともいわれています。

正面に追帳鬼神(ついちょうきじん:大日如来の化身)、左に魔羅鬼神(まらきじん:不動明王の化身)、右に時眉鬼神(じびきじん:虚空蔵菩薩の化身)の三体が祀られ、他に太郎坊(大天狗)、次郎坊(小天狗)をはじめとする日本国中の天狗が集まっているそうです。

全国唯一の鬼神で、福徳(財物に恵まれること)、智慧(物事の理を悟り、適切に処理する能力)、調伏(心と身を調和して諸悪行に打ち勝つこと)の徳は参拝して、はじめて感得することができるとされていますので、ぜひ参拝しましょう。

江戸時代には現在の御山神社が三鬼堂でしたが、明治初期の神仏分離令後に御山神社になったため、ここに新たにお堂が建てられたとのことです。

三鬼堂の外観

文殊堂・観音堂

三鬼堂から少し登った場所に小さなお堂が2つ並んで建っています。手前が観音堂で奥が文殊堂です。

文殊堂には、智恵を司る文殊菩薩が祀られた学業成就の神様です。

観音堂には、大慈・大悲の御心に富み人の苦悩を除き、家内円満の観世音菩薩が祀られていて、安産の仏様として信仰されています。

宮島文殊堂・観音堂

毘沙門堂

くぐり岩の手前の右側に巨大な不動岩があり、その側に毘沙門天が祀られている毘沙門堂があります。

明治中期までは京都の清水寺のように岩の上に井桁を組んだ建物があったのですが、明治40年7月に全焼したそうで、再建されたものの規模は小さくなってしまったとのことです。

かつて毘沙門天の体内には、千体仏があったとのことですが、これもまた焼失したそうで残念です。

土台となる大きな岩には桁受けの跡が残っているとのことですが、やはり山の頂上近くにあるせいか、火災によって焼失したものが多いです。

宮島弥山不動岩

弁慶の足跡・陰陽石・舟岩・疥癬岩(かいせんいわ)・くぐり岩・鯨岩・念仏岩

弥山山頂付近にある奇岩怪石が、いろんな名前を付けられてたくさんあります。

弁慶の足跡は、岩盤の上に踵部分の足跡らしきものがあるそうで、舟岩は下から見上げると船底に見えます。

疥癬岩は大日堂のすぐ上にあり、人がひとり通れるくらいの狭い道の側に覆いかぶさるような形の苔むした岩で、この岩に触れると身体中が皮膚病になるといわれていますが、皮膚病の人が触れば治ったと伝えられている岩です。

弘法大師が修行したといわれている念仏岩やその名のとおり鯨が泳ぐ形に似ており潮吹き穴まである鯨岩があります。

これらの岩は一体どこにあるのか?
探すのも面白いので、時間に余裕があれば探してみてください。

確かに山頂付近には、大きな岩が重なり合って、どうやってこうなったの?
と思うような巨岩がたくさんあります。

宮島弥山くぐり岩
くぐり岩

大日堂

霊火堂から仁王門へ向かって下りると右側に石階段があり、その石段の上にあるのが大日堂です。

石階段は崩落していて直す気配がないのですが、弘法大師が真言宗の修業道場として最初に建てられた由緒のあるお堂であり、本尊は大日如来が祀られています。

1599年に毛利輝元によって再建され、その後も何回か手が加えられているそうです。

いつもひっそりとしていて、ここに参拝に来る人を見かけたことがありません。

この堂内にあった不動明王は国の重要文化財にも指定されるぐらい由緒のあるお堂です(今は大聖院にあるそうです)。ぜひお参りしてみてください。

宮島大日堂

閼伽水(あかみず)

求聞持堂の岩下から湧き出ているで、底のない壺が埋めてあり水は冷たく甘みがあるそうです。

この水は、弘法大師が弥山で修業したときに明星水として仏前に供えた祈祷水であるといわれていて、いかなる干ばつ時でも涸れることはなかったそうです。

御山神社

御山神社は、厳島神社の奥の宮で、大きな盤の上に丹塗り、柿葺の本殿三棟が品字形に建っています。

御祭神は、厳島神社同様に市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)・田心姫命(たごりひめのみこと)・湍津姫命(たぎつひめのみこと)です。

三鬼堂のなかでもふれましたが、ここにはかつて三鬼堂がありました。明治初期の神仏分離令後に御山神社となっています。

御山神社の東側には、百数十メートル断崖があり、ここで土器の杯を投げ風に舞うさまを見て楽しむ遊び、土器投げをしていたそうです。

それにしても、賑やかな宮島にあって本当に静かな場所で、冷たい霊気さえ感じる場所です。

パワースポットと呼ぶにふさわしい場所であると思いますので、ぜひ一度訪れてみてください。若干、山を下りますがそんなに遠くないです。

宮島御山神社

奥院

御山神社の西方、仁王門から下るとこの奥院があります。

奥の院とは元来の開山、または本地仏の霊像を安置するところですので、ここには弘法大師が祀られています。
また、厳島合戦の将兵を偲んで陶晴賢の一族の石碑が建っています。

流石にここで人と出会ったことはなく、御山神社と同様にここも静寂と霊気を感じる場所です。
一度は訪れていただきたい場所ですが、ちょっと遠いかな。

宮島奥の院

ただ単に街をぶらぶらと散策するのもいいですが、古い歴史を持つ宮島にせっかく訪れていただいたのですから、こうしたものにふれ、先人たちに思いをはせ、歴史や文化、伝説の息づかいを感じていただければと思います。

もしかしたら、もうひとつの宮島が見えてくるかもしれません。

※注意事項
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