ツキノワグマ(以下「クマ」という。)による人身被害を防止するためには、クマの生態や行動を知ったうえで、なるべくクマと出会わないようにする工夫が必要です。
とは言うものの、東北や北陸地方、長野県や岐阜県ではクマによる人身被害が近年多発しています。これらは山の中で被害に遭うというよりは、人の生活圏でクマと遭遇し被害に遭われています。
クマが人の生活音に慣れてきているという声をよく耳にするので、これからの動向に注意が必要です。
熊よけのための鈴が、熊を呼ぶための鈴にならないことを願うばかりです。
ただ、岐阜県を除く東海地方や近畿地方、中国地方などでは人身被害が多発しているわけではありません。まだまだ人の生活音には慣れてなくて、人間を恐れていると思っています。
なので、山に登る際にはその地方におけるクマの情報を収集しておくことが必須と言えそうです。
そして、何よりも彼ら(クマなどの野生生物)のフィールドへ入らせてもらうという謙虚な心構えが大切です。
クマは基本的には人を避け攻撃性の低い動物ですが、突発的に人と出会うと防御的に攻撃してくることがあります。
山に登るという行為は、私たちが彼らの住処へ無断でずかずかと入り込む行為です。
私たちにクマを脅かす意図はなくても、彼らはそうは受け取ってくれません。
自分の家に見知らぬ人が突然現れ、ずかずかと家の中に入ってこられたら非常に危険な存在として人間でも警戒し、時には自分の身を守るために攻撃するなどといった行動を取るはずです。
そう、クマが我々を攻撃する行動は、自分の生活や命を脅かすものを排除しようとする正当防衛にほかなりません。
我々人間は、生活を豊かにするために山の奥地まで入り、勢力を拡大してきました。
その結果、本州・四国・九州の全域で暮らしてきたクマは住処を追われ、有害鳥獣として駆除の対象にもされてきました。
その結果、九州では絶滅し、中国地方・四国、そして下北半島と紀伊半島では絶滅が危惧される地域個体群としてレッドデータブックに掲載されるほど生息数が減少しています。
山というフィールドは、本来は彼ら(クマなどの野生生物)のものです。
なので、私たちが山へ入る場合は「ちょっと入らせてもらいます」といった謙虚な気持ちで入ることが大切なのではと思ってます。
私たちが彼らを恐れている以上に、彼らは人間を恐れています。
彼らから言わせれば「なるべく出会わないように行動してよ~」と思っているに違いありません。
「熊」という漢字は、「能」力のある四つ足動物と書きます。つまり、クマは知能・学習能力が高い動物なのです。だから、人間にとって都合の良い学習をすれば人に危害を加えたりしませんが、反面、悪い学習をすればとことん悪いこともする動物なのです。
クマの特技としては「①鼻・耳がよい」とされていますが、食べることに夢中になると周りが見えなくなることもあります。
人身被害の多い山菜採りは、クマも人間も夢中になっていることが原因といわれています。
人間も夢中になると周りが見えないですよね。
そして先ほども述べた「②知能・学習能力が高く記憶力もいい」動物で、人間の食べ物の味を覚えると執着するといわれているので、ドングリ類の不作の年は人里へ下りてきて人と衝突してしまいます。
さらに、一度覚えた食べ物の味と場所は忘れないほど記憶力がいいと言われています。肉の味を覚えないようにと願うばかりです。
また、「③手先が器用で足が速くて木登りが上手、そして水泳も上手」です。100mを9秒で走るので、逃げても無駄です。
クマの分布と生息数、熊に出会う確率は?
九州では絶滅したとされ、四国でも剣山を中心とした限られた地域に10数頭程度といわれています。
そして我が中国地方のクマの生息場所は、広島・山口・島根の3県にまたがる西中国山地と、岡山・鳥取・兵庫の3県にまたがる東中国地域ですが、こちらも絶滅のおそれのある地域個体群として環境省のレッドデータブックに掲載され、特に西中国山地の各県では保護の対象として保護計画を策定し、個体群の存続を図る措置が積極的に講じられています。
この2つの個体群の間は100kmほどありますが、両者の中間の地域で生息情報が増加していて、連続性が回復す兆しが見えてきているといわれています。
日本の労働は都市部へと移り、山間部の過疎化は急速に進行しています。その結果、里山は荒れ農地や林地の多くが放置され狩猟者も減少しています。
こうしたことから、中国地方の4県ではクマの生息分布が拡大している状況です。
しかしながら、これは個体数の増加を反映しているわけではないとのこと。
それは地形が急しゅんで植生が密な場所にクマは生息し、単独か親子で行動し、縄張りもなく広範囲に渡って行動するため生息状況の把握が難しいとされているからです。
このため、十分な精度をもった個体数は明らかになっておらず、生息数はかなり幅を持っています。
東中国地域の生息数は、2016年末時点で730~2010頭と推定され安定存続地域個体群へと移行しつつあるということから、2016年11月に兵庫県では保護計画に基づき狩猟を一部解禁しています。
西中国山地全域の推定生息数は、2014年から2015年の調査では約8,000km2に約460~1270頭と推定されています。生息密度は0.14~0.38頭/km2ですので、登る山域が10km2だと単純計算で1.4~3.8頭のクマが生息していることになります。
単純計算ですが、西中国山地に登るときは少なくとも1頭は生息していると思っておいたほうが無難です。
遭遇するかどうかは別として、、、
クマの行動範囲
クマは基本的に昼行性で、朝4時~7時と夕方5時~9時に活動が活発になります。また、春から夏期に比べ秋期のほうが活動時間は長くなります。
なので、秋期の朝方と夕方の時間帯に山に入る場合は、特に注意が必要と言えそうです。
そして、年間行動範囲はオスで40~100km2、メスは20~50km2と推定されています。
春~夏は狭い範囲を歩きますが、秋は冬眠に供えて多くの餌を求めて活動が活発になるといわれています。メスは秋になると夏期より狭くなるとの報告もあります。
また、春から夏にかけての子別れの時期は若いクマが大きく移動するため出没が増加し、同時に繁殖期でもあるのでオスがメスを求めて行動圏を広げ普段クマが生息していない地域でも出没することがあります。
クマにはスギやヒノキの樹皮を剥ぎ取り、歯痕や爪痕を残すクマハギという習性があります。
林業が盛んな地域では、これでは材木としての商品価値が下がることからツキノワグマを害獣とし、根絶を目指した積極的な捕獲が行われていました。そのため絶滅の危機に陥ったのです。
この被害は4~8月頃に集中して発生しています。
クマハギの理由としては樹液をなめる、樹洞にミツバチの巣を作らせる、冬眠用の樹洞を作るなど諸説ありますが、近年の研究では主な目的は「食料の摂取」であるといわれています。
山の中を歩いていると、クマハギの被害を受けたスギやヒノキを目にすることがあります。
新鮮な被害木には剝がされた樹皮がそのまま残り、上下方向に閉口した白い歯痕が明瞭に見えます。
ごく最近クマが出没した証拠なので、まだ近くにクマがいるかもしれないと思い慎重に行動する必要があります。
また、木の実を好んで食べるツキノワグマは、高い枝へ登り、小枝を折って引き寄せて実を食べるので、折れた枝の塊が座布団のように見えることがあります。
これをクマ棚といい、ブナやミズナラなどの木で見られます。
このクマ棚もツキノワグマの行動範囲を示す良い指標です。
クマ棚があるブナの幹には、ツキノワグマが木登りをした際に付けた爪痕が見られます。
山を歩いていて、この爪痕を見かけたら、上を見上げてみると必ずクマ棚があります。
なお、クマ棚に似ているもので「宿り木(ヤドリギ)」というものがあります。落葉した樹木の枝に丸く繁茂しているもので、遠くから見ると「クマ棚」と「ヤドリギ」は見間違えるほどよく似ています。
ヤドリギは寄生植物で地面には根を張らず、他の樹木の枝の上に生育する常緑の多年生植物です。
自らも光合成をおこなうことから半寄生植物で、エノキ・クリ・ブナ・ミズナラ・サクラなどの木に寄生します。
クマ棚とヤドリギの違いは、ヤドリギは常緑植物であることから、近づいてみて緑色をしていればそれは「ヤドリギ」となります。
あと、クマは死んで腐った肉でも食べます。だからクマと遭遇した場合「死んだふり」をすれば助かる、という俗説は危険なので注意が必要です。
クマの行動周期
クマは食物のなくなる冬には穴ごもりをします。穴ごもりには大径木の樹洞や根上がり部、岩の裂け目などが利用されています。
穴ごもりに入る時期は地域によっても異なりますが、11月上旬から12月下旬といわれています。
メスはこの穴ごもり中に出産します。出産する時期は1月下旬から2月上旬です。
穴から出てくるのは3月下旬ころと考えられ、オスとメスとでは時期は異なるとみられています。
出産したメスは5月下旬から6月上旬まで穴の周辺におり、次の年の夏までの約1年半の間は子育てを行っています。
5月、ブナの若葉がその年初めてのごちそうです。ブナはミズナラなどより芽吹きが早く、やわらかい若葉の量も多い。だからブナの若葉は、冬眠明けのクマにとって春一番のごちそうといえます。
このように春は草本や樹木の若葉や新芽とともに前年の秋に落下したドングリ類を食べます。
春から初夏にかけての沢は山菜の宝庫、クマも沢に集まります。多肉多汁の植物を好んで食べます。
そして、タケノコはクマの主食です。5月下旬から7月上旬頃まで、1ヶ月余りにわたってタケノコを主食に食べ続けます。
夏は草食いの季節です。再び沢に集まります。この時期、沢を歩けばあちこちで植物が倒れ、クマが食べた食痕やクマ道が至る所にできています。また、ハチやアリなどのも採食します。
秋は堅果類や果実類が主食で、大好物のドングリ類とクリを同じ場所で1時間も食べ続けることもあります。
このときにできるのがクマ棚です。
ただし、クマ棚をつくるだけでなく、鈴なりに実をつけた枝を折り、下に落としてから食べる場合も少なくありません。ブナ林の下に、凄まじい数の枝が散乱していている場所も要注意といえます。
クマ対策とクマに出会ってしまったら
クマに出会わないようにするためには、、、
・一人ではなくなるべく複数で行動すること。
・音で人間の存在をアピール・・・「クマよけ鈴」や「ラジオ」、「笛」、「爆竹」。特に沢沿いを歩くときは沢の音にかき消されるので注意が必要。
・臭いで人間の存在をアピール・・・腰に下げる「蚊取線香」も有効。夏は、虫よけとクマ避けの一挙両得のアイテム。
・早朝や夕方の薄暗い時間帯の登山を避ける。
・クマの出没注意報や警報・・・県が出没状況を踏まえて注意報や警報を発表することがあります。警報が発令された地域にはなるべく立ち入らないこと。
万が一遭遇してしまったら、、、
「距離が離れていてクマがこちらに気付いていない場合」
→ゆっくりと静かに立ち去る。
「50m程度と比較的距離が近い場合」
→手を大きく広げてゆっくりふりこちらの存在をクマに知らせ、クマから目を離さずにゆっくりと静かに後退する。森林内であれば、万が一の突進に備えてクマとの間に障害物がくるようにする。なお、大声は出さないこと。
「20m程度とかなり距離が近い場合」
→クマがパニックになり突発的な攻撃をする可能性があるため、刺激しないことが大切。走ったり大声を出したりせず、クマから目を離さずにゆっくりと静かに後退する。森林内であれば、万が一の突進に備えてクマとの間に障害物がくるようにする。
「クマが威嚇突進してきたら」
→威嚇突進の場合は、途中で止まり後退することが多い。落ち着いて、クマとの間に障害物がくるようにゆっくりと後退する。
「クマが本気の攻撃で突撃してきたら」
→クマスプレーを目や鼻をめがけて噴射する。
→クマスプレーがない場合は、防御姿勢をとる。
→防御姿勢とは、地面に伏せ腹ばいになって腹部を守る。首は胸のほうに曲げ、頸動脈を守るために両手を首の後ろで組む。ひっくり返されないように足は開く。
です。
また子グマに出会ったら、近くには必ず母グマがいます。母グマは子グマを守るために特に攻撃的になりやすいとされていますので特に注意が必要です。
クマの走る速度は、時速40km以上(100m9秒)といわれていて、逃げる者を追う習性があります。だから背を向けて走って逃げるのは自殺行為です。
といわれていますが、とっさにその行動ができるかどうか…
山に入る時は、謙虚な気持ちを忘れずに、そして、いつクマと出会ってもいいように覚悟が必要なのかもしれません。