富山駅から朝一の直通バスに乗って揺られること約2時間、折立に降り立つと少し肌寒いと感じた。それもそのはず、ここの標高はすでに1350mもある。広島県の最高峰は恐羅漢の1346mしかない。バスを降りた時点ですでに広島県の最高峰を超えているとは、なんとも広島県の山がしょぼく感じる。
今日は広島を出発して2日目の朝だ。広島からだと初日に太郎平小屋までいくことは困難であるため、前泊するか夜行バスで来るしかない。仕方のないことだが、なぜか損をしている気分になる。
今回の山旅はここ折立から太郎兵衛平まで登り、北ノ俣岳、黒部五郎岳、三俣蓮華岳、双六岳を経由して西鎌尾根へと進み、槍ヶ岳に登頂したのち南岳まで脚をのばし上高地へと下山する旅。前泊と後泊を含め5泊6日の山旅となる。広島からだと2泊分は余分にかかってしまうのがもったいない。近所に住んでいたなら3泊4日で歩ける行程であり、広島に住んでいるとなかなか歩けないコースである。
今回の山旅はテント泊と迷ったがすべて小屋泊とした。9月も下旬ということで、アルプスではいつ雪が降ってもおかしくないためである。と、無理やりいいわけをくっつけた。最近、テント泊がしんどい。どう考えても体力不足である。久住の坊がつるくらいだと平気だが、アルプスの縦走時はもうテント泊に戻れないかもしれない。
折立から太郎平小屋へ
さて、今日は太郎平小屋までだから時間にはかなり余裕がある。コースタイムは4時間半。早く着いても仕方がないので、のんびり景色を堪能しながらゆっくりと登ろうと心に決めて出発した。といっても標高差は約1000mあるので心して登らないとくたばってしまう。
登山道に入るとすぐに慰霊塔がある。薬師岳で遭難死した13人の大学山岳部員を供養している。やはり山に入るという行為は危険と背中合わせであると感じる。「登山は山頂に立つことが目的ではない。家に無事に帰ってくることが目的だ」と誰かが言っていたが、まさにそのとおりだと思う。
この塔をすぎるとすぐに太郎坂と呼ばれる急登が始まる。樹林帯で展望はなく、黙々と針葉樹の森の中を登っていく。標高1800mを過ぎると少し傾斜が緩やかになり、さらにひと登りでベンチのある三角点のある広場に着く。ここまで1時間半。コースタイムどおりでもっとゆっくり歩けばいいのにと自分に思ってしまう。多くの人がここで休憩していて、それに釣られるかのように自分も休憩した。それもそのはず、ここからは展望が開け遠くに薬師岳が見える。はずだったが、あいにくガスっていて薬師岳は見えなかった。
今回の山旅は天気がイマイチだ。明日は雨予報で明々後日も雨予報なのである。今回ばかりは日頃の行いが随分悪いのだなと自分に強く言い聞かせた。
一人で山旅をしていると多くの人に話しかけられる。「今日はどこまで?」、「どこを歩くの?」といった具合に。街なかでこんな会話をすることは絶対なくて、話しかけられてもめんどくさいと思ってしまうが、山の中では不思議と心地良かったりする。たまたまこの時間にここで休憩していただけなのに、「いやあ、実はこうでああでね。」なんて、その人の人生を垣間見ることもある。もう二度と会うことはないのだろうけど不思議な気持ちとなる。
三角点から少し登ると草原となった。ここから少し下り登り返すが、太郎坂に比べると展望がよくてずいぶん緩やかな坂を登っていく。それにしても、よく手入れされた道だ。左手を見上げると薬師岳が顔を見せてくれた。
穏やかな木道歩きとなるとほどなく太郎平小屋に着いた。三角点から3時間半のコースタイムで順調な滑り出しとなった。
小屋はすでに小屋仕舞いが始まっており、従業員も少なかった。アルプスの登山シーズンが終わるのかと思うとなんだか寂しい気持ちとなる。
すでにカイコ部屋には人を入れておらず大部屋に案内された。宿泊する登山客も少なく、自分が寝る大部屋には結局3人しか来なかった。みんな単独の登山者。薬師岳のみ登る人、笠ヶ岳まで歩く人と三者三様だった。
黒部五郎岳に登り三俣山荘へ
翌朝の天気は曇天で、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくない空模様。ただ、ガスってはいない。なるべく早めに出発したかったが、気分も上がらず結局出発は6時となった。
左の木道に進むと薬師沢へと向かう分岐点を右に進み、たおやかな尾根道を歩いていく。天気が良ければ最高のトレイルだったのにとつい思ってしまう。
太郎山を過ぎるとゆるやかに下り北ノ俣岳へ向けて登り返す。北ノ俣岳、赤木岳、小さなピークが何度もアップダウンさせるが、おだやかな稜線はいつまでも歩いていたいと思わせる。
小屋から3時間ほどで黒部五郎岳の基部に着いたものの、ここの標高はまだ2550mしかない。あれだけ歩いてきたのに標高をあまり稼いでいないことがよくわかる。小屋の標高が2330mだから220mしか高度を上げていない。まあ、それだけおだやかな稜線歩きが楽しめたということである。
ここからはつづら折りを繰り返しながら急登を上っていく。途中、雨が降り始めたので着たくもないレインウェアを着る。視界が一気に狭くなり、さらに上がってきたガスがさらに視界を狭めてしまった。しかもザレた急登に息が上がり始める。何でこんなことしているのだろうとつい思ってしまう。やはり天気は気分を大きく左右させてしまう。
やっとの思いで黒部五郎の肩に辿り着く。
右に登れば黒部五郎岳のピークで、左に降りれば黒部五郎カールだ。この天気、ピークに行くかどうかでずいぶん悩んだ。結局はピークを踏んでおこうという気持ちが勝ったが、ピークに立っても案の定何の景色も見えなかった。ただ、「黒部にある石がゴロゴロしている山」ということだけはよく分かった。
休憩もせず、写真さえも撮らずに黒部五郎カールへ向けて下る。
尾根からカールへ向けて転げ落ちそうな急坂を下り、穏やかな下りへと変わるとカールの中となる。楽しみにしていた景色だが、あいにくの天気でカールの魅力がよく分からなかった。もう一度来るしかないなと思った。
本降りの中、黒部五郎小舎までが遠く感じた。小屋でバッジを買っていると昼食が販売されていたので迷わず牛丼を注文した。あつあつの牛丼を口の中に放り込みながら考えることはただ一つ。今日はここまでとするか三俣山荘まで行くかである。今日はすでに6時間半歩いているがまだ体力は残っている。しかし、お腹が満たされてくると、もう一度レインウェアを着ることさえ面倒くさく感じる。天気予報を確認すると明日は晴れ。明日中には槍ヶ岳まで行きたかったので重たい腰を上げてビショビショに濡れたレインウェアを着て出発した。
小屋を出るとすぐに急登が始まる。
せっかくチャージしたエネルギーもすぐに使い果たしてしまいそうな急登である。緩やかな道へと変わり、ほどなくすると三俣蓮華岳と巻道との分岐点が現れた。こんなとき、巻道は本当にありがたいなと思ってしまう。雨も小降りになってきたので座って休憩した。よく考えると今日は小屋以外で休憩らしい休憩はしていないことに気がついた。
ナッツをポリポリと食べていると反対側の巻道から来た女性も座り込んで休憩してしまった。お互いお一人様なのでいろんな話に花が咲く。またどこかでお会いしたいと思わせる素敵な女性だった。
巻道へ進み、ここを登るのかと思わせるような少し急登の箇所を上るがすぐに終わる。緩やかな坂を下っていくと三俣山荘に到着した。
さすがに人気の小屋だけあって、この時期でも多くの登山者が泊まっていた。濡れたものを乾燥室で乾かし、今日の行程が同じだった人と雑談を交わし、早めに就寝した。
三俣蓮華岳と双六岳を踏み槍ヶ岳へ
翌朝は日の出前の暗い時間に起きた。外に出てみると、手が届きそうなほどの満点の星空が広がっていた。鷲羽岳を見るとたくさんのヘッドライトが輝いていた。
今日は今回の旅の中で唯一晴れる日。気分も高揚し、身支度もテキパキと進み5時過ぎには出発した。
今日の行程は、まず三俣蓮華岳へ向かい双六岳を踏み、双六小屋から西鎌尾根へと進み槍ヶ岳に登頂する。宿泊場所は槍ヶ岳山荘である。
早速、三俣蓮華岳へ向かう。登っていると太陽が顔を出してきた。身体が一気に温まり太陽が有難いと感じる瞬間である。何度も現れる絶景に何度も立ち止まってはシャッターを押す。これでは時間が掛かってしまうが、今日はのんびり景色を味わいたい気分だった。
やはり槍ヶ岳は圧倒的な存在感を示す。槍のように尖った穂先はどこからでもよく分かる。そして、気分を高揚させる力を持っている。それゆえ何度も立ち止まってはその姿を目に焼き付け、そして何枚もシャッターを押す。
三俣蓮華岳に登ると、今度は笠ヶ岳も圧倒的な存在感で現れる。やはりこちらも登ってみたいと思わせる山容をしている。
振り返ると鷲羽岳も綺麗な姿を現し、雲ノ平の地形もよく見えた。次の山行は折立から雲ノ平、鷲羽岳、双六、笠ヶ岳を踏んで新穂高温泉かなと思いながら少し休憩した。
ここから双六小屋までの道のりはアップダウンを繰り返すが、それほど厳しくもなく、どちらかというと快適な道のり。槍ヶ岳と笠ヶ岳の山容を目に焼き付けながら歩いた。
かなり時間が掛かったと思ったが、双六小屋に着いたのは8時過ぎであった。ここから長丁場の西鎌尾根が始まるのでベンチに座り長めの休憩をした。この小屋も小屋仕舞いが始まっており、下山するスタッフの見送りをしていた。毎年繰り返す出会いと別れ。なんだか少し羨ましかった。
小屋を出発すると樅沢岳への急登が始まり体力を奪う。平坦な道で振り返ると鷲羽岳、祖父岳、三俣蓮華岳が見え、その奥に薬師岳が顔を出していた。
樅沢岳を超えてもいくつものピークを越えて歩く。右手を見ると眼下に鏡平が見え、笠ヶ岳も頭を少しだけ出していた。
それにしても北鎌尾根は険しい。あんなところを歩く人がいるのだろうが、自分には無理だなとすぐに思ってしまった。
千丈乗越が近づくにつれ、道は険しくなり所々に鎖場もあるので、少しずつ体力が奪われていく。
小さな休憩を何度もしてやっとの思いで千丈乗越に着いた。双六小屋から4時間も掛かってしまい、なんだかへとへとであった。座り込んで休憩していると槍ヶ岳方面から青年が降りてきて、天狗池が最高だったと爽やかに言っていた。私も明日行く予定にしていたが、明日はまた雨なのである。たぶん行かないだろうなと思うとちょっぴり悔しくなった。
ここから、ガレ場の急登を槍ヶ岳山荘へ向けて登る。コースタイムは1時間半。最後の試練である。登り始めは順調であったが、体力が残っていないのかすぐにへばる。それからは何度も足が止まり槍ヶ岳を見上げるが、なかなか近づいてこない。しかし、本当に小槍の上でアルペン踊りを踊りましょって言う人がいるのかなと思ってしまう。あんなところで踊れるのか?
最後はヘロヘロな状態となり、あまり記憶も残っていない。でも、槍ヶ岳山荘に着いたときの達成感というか充実感は半端なかった。何かをやり遂げた感がメチャメチャ半端なく心に襲い掛かってきた。もう槍ヶ岳のピークに立たなくても十分満足した気分となってしまった。
そんなこんなで小屋で少し寝てから登頂しようと思ったのがいけなかった。ひと眠りした後、フロントでヘルメットを借り登り始める。ピークを目指し登っていく登山者が何人も見える。
しかし、しだいにガスが上がってきて山頂に着くころは「ガス、ワンダ~ランド」な世界に変わっていた。しばらく待ってみたがガスが晴れることはなかった。なんとも後味の悪いものとなってしまった。
上高地へと下山
翌日は朝から雨、そしてガスワンダ―ランドの世界。大喰岳、中岳そして南岳を経由して下山したかったが、次の機会に残しておこうと思い上高地へ向けて下山した。本来なら今回の山旅で3000mを超える山を4つ制覇する予定だったが、槍ヶ岳の一つだけとなってしまった。今回の山旅は天候に恵まれなかった。
上高地へ向けて下山するも、後ろ髪が引かれるのか何度も足を止めては何も見えない景色を見渡してしまう。しかし、大曲に着くころには踏ん切りがついたのか足早に変わる。休憩もろくにせずに7時間で上高地の西糸屋山荘に着いた。久しぶりの風呂がなんとも心地よかった。
翌朝は、いい天気だった。今から山に入る登山者たちを羨ましそうに横目で見ながら河童橋を渡る。
見上げると穂高岳が気持ちよさそうに朝日を浴びていた。
また来るから。そう言い残して上高地を後にした。
※注意事項
登山ルート等の内容については、2016年時点のものです。誤解や虚偽のないものであるよう努めていますが、経年変化や、災害による一時的な変化によって、記載された状況が変わっていたり、解釈に見解の相違が生じたりすることがあります。山行の際には、ご自身でも最新の情報を収集してください。